様々な情報をインターネットで手に入れるようになって、あるいはデータとして受け取るようになって、マスメディアや紙の本といった旧来の媒体が昔に比べると力を失っているのは、いまさら言うことではないでしょう。

例えば、テレビの視聴時間はここ5年間で短時間化する流れにあるそうで、2015年7月にNHK放送文化研究所・世論調査部が発表したリサーチ結果によれば、1985年にこの調査を開始して以降今回初めて、テレビを長時間(4時間以上)視聴すると答えた人の数が減り、短時間(30分〜2時間)視聴すると答えた人の数が増えたのだとか。

紙の雑誌や本も同様に、紙からデジタルへの流れが加速中です。やや古いデータではあるものの、出版科学研究所ウェブサイト上で公開されている日本の出版統計では、1996年をピークに書籍、月刊誌、週刊誌のいずれもが2010年までなだらかに右肩下がりを続けている状況。

ただ、ふと消費者の立場に立ったときに、紙の雑誌や本を手に取りたくなる瞬間がまだあったりします。僕は幼少期から本が好きというような人間ではなく、更にインターネットで字を読むことに慣れた人間ですが、時々紙の雑誌を手に取りたくなります。

その理由って何でかな、と何年もぼんやり考えてきましたが、先日観たTED TalkでJinsop Lee氏が話していたアイデアが解決のヒントになりそうでした。

快感は五感をどれだけ刺激するか

Jinsop Lee氏によるプレゼンテーションのフックはこうです。

「なぜ、SEXは気持ちいいのか?」

そしてその答えは「五感を限りなくフルに使うから」というもの。プレゼンの中で彼は、彼自身や彼の友人が経験したいくつかの人間によるアクティビティが、五感のそれぞれをどの程度刺激したのかに関するグラフを紹介しています。

whypapermaga01

例えばバイクのツーリングなら上の図のような感じ。視覚と触覚、聴覚が高いですが、味覚と嗅覚はほとんど刺激されていない状態。

whypapermaga02

ナイトクラブならこうです。味覚が少し低いのを、スピーカーのJinsop Lee氏は「お酒の味だけでなくキスも関係しているのでは」と話しています。

whypapermaga03

喫煙はこう。嗅覚や味覚が高いだけでなく、口に触れる際に刺激する触覚もやや高い山を作っています。

whypapermaga04

そして(素晴らしい)SEXはこうです。触覚が高いのは勿論ですが、その他視覚と聴覚、嗅覚、味覚すべてを刺激しています。

デジタルマガジンと紙の雑誌

じゃあ紙の雑誌や本を読む体験がどうかというと、自分はなんとなく次のような感じだと思います。

whypapermaga05

紙の雑誌には様々な触感があります。僕は特にWIREDの少しザラザラしてサラサラしたさわり心地が好きです。紙の雑誌からは、紙とインクのにおいがします。海外のファッション誌には香水付きの雑誌もあります。紙の雑誌は、テキストや図で表現される視覚情報の他に、ページをめくる時の不規則な動きも視覚情報だったりします。同じく紙をめくるときや指先が紙面に触れるときに、音がします。味は多分しません。

一方のデジタルなマガジンは、こんな感じでしょうか?

whypapermaga06

感触はマウスのスクロールかスワイプの時くらいで、どの雑誌でも同じ。においも味もありません。テキストや画像による情報量は沢山ありますが、紙の雑誌に特有のランダムな視覚情報の変化はありません。音は基本的にはあまりないものですが、電子書籍の場合アプリで音を出せます。ただし、どの雑誌でも基本的に同じ音。

まとめ

というわけで、ふたつの”マガジン”の間にはこのような刺激の違いがあるんじゃないかというのが、今回TED Talkを見た後に考えたことでした。これだけデジタルに移行しても、まだ紙の雑記を手に取りたくなる理由は、こんな所にあるんじゃないかな。

考えてみれば当たり前のことで、書き出してみると既に同じような議論はし尽くされているんじゃないかとも思いましたが、せっかくなのでこのままアップします。

それからデジタル側の媒体をもっと伸ばすアイデアとして「できるだけ紙に近い読書体験が出来るウェブマガジン専用ブラウザ」ってのどうかなーとか思いました。でもそういうのはスマホアプリでいくらでも登場してしまってるんですけど。

むしろ逆に、デジタルでの読書体験を紙に近づけるなんてあきらめて、デジタルにしかない強いところ(検索できるとか、紙面に制限がないとか)を突き詰める方が良い気がする!まあそれこそもう、みんな必死でやってるんだけどね。

最後にJinsop Lee氏による素晴らしいTED Talk『Design for All 5 Senses』を貼り付けておきます。

参考:
「日本人とテレビ 2015」調査 結果の概要について
売り上げも書店数も減少続く 「出版不況」の現状は? | THE PAGE(ザ・ページ)